「ハァーイそこまで〜!御用改ですよ〜」
先程までオークションの会場として使われていた広い地下室に陽気な声が響き渡った。
振り向いた男達の目に映ったのはドア前に立つ、今しがたまでここに客として座っていた黒眼鏡の男だった。
男は薄汚れたような茶髪で黒のロングコートを着崩し、手には飲みかけのシャンパンの瓶を持っている。
「何者だ!?」
「ウライオスのマベだ。誘拐ならびに人身売買の疑いでお前達を連行する」
「…ウライオスの…」
「こいつがマベ・マヘスなのか……!?」
男達の中からどよめきが上がる。この世界で生きる者なら一度は耳にしたことがある名だからだ。
マベは自分の名を呼ばれケラケラ笑う。
「嬉しいねェ!俺も随分有名人になって!さ、お前ら両手を頭の後ろで組んで、膝ついて泣きながらゴメンナサイしな。人生やり直せる最後のチャンスだぜ?」
「野郎!馬鹿にすんじゃねえ!」
男達の一人が凶器を持ってマベに襲いかかった。やめろ!と誰かが叫んだが遅かった。
「よせよ。良い酒がこぼれる」
マベは一撃を一瞥もすることなく躱し、体勢を崩した男の腹に強烈な膝蹴りを入れた。男は床に何度も叩きつけられながら飛んでいき、転がった先でしばらく呻いてから動かなくなった。
ぐいと瓶の中を飲み干すマベを、男達は恐怖と苛立ちの目で見守るしかなかった。
「更生が嫌なら俺と勝負だな。まァ、勝っても法はお前らを許しちゃくれねえけどな」
瓶を床に置き口元を手で拭いながらせせら笑うマベに、男達は後ずさりながらそれぞれ武器を取り出し構えた。
その中の一人が叫んだ。
「な、なあ……なんだかこの部屋おかしくないか?」
「なんだよこんな時に!こいつは札付きの――――」
「札付きの……なんだって?」
マベが黒眼鏡の奥で吊り目を光らせるように男達を睨みつけ、面白そうに笑った。風で揺れるその髪よりやや薄いか濃いか、よくわからない濁った色の瞳はどこを見ているのかわからなかったが、獣の放つ獰猛な殺気が溢れていた。
「狂犬がッ!!」
また一人、今度は小型のナイフを握った男が飛びかかった。
「あー見苦し」
マベがしっしっと男の方に向けて手を払った。
ジュッという何かが焼けるような嫌な音がした。
「え………、」
誰かが声を漏らした。飛び掛かった男がそのままの格好で固まっている。ずる、と上半身と下半身がずれて、ぐしゃりと床に落ちた。
「わあああああああ!!!!」
絶叫が飛び交う。悲鳴に呼応するように、地下室全体がギシ、ミシ、と不気味に鳴った。
「鎌鼬って知ってるか?アレ、諸説あンだよな。今俺がやったのは気化熱ってやつでよォ、風で」
「ぶっ殺してやる!!」
今度は複数で飛びかかってきた。マベは喋るのをやめて次々に迫る攻撃を躱しながら、大振りの一撃を後転跳びでやり過ごした。着地すると太腿のホルスターから一対のミリタリーナイフを抜き、体勢を思い切り低くした。
「行くぜ」
その言葉が終わるや否や、男達の間を突風が吹き抜けた。風に乗って加速したマベは彼らめがけて突進し、一人、また一人と急所を狙ってナイフを翻していく。飛びかかってきた全員がその場に血まみれで倒れるまでほんの数秒だった。
残された者達が唖然とする中、床に転がった男達の少し先で膝をついたマベは、血みどろのナイフを手にゆっくりと立ち上がった。
「タネ明かししとくと、お前らを生かしておく必要はなくなったんだわ。……一人を除いてな」
マベの表情が怒りのそれへと変わった。
「お前ら何人か殺しただろ。さっき俺の部下が見つけて報告してきた。さしずめ建国祭で派手にやる前に、ここで値のつかなかった商品価値の低い人質を間引いたってとこか。……俺は皆殺しは好きじゃねえが、今日この場は“シェズム方式”でヤッてやるよ」
人間とは思えないほどの殺気だった。ほとんどの連中が怖気づいていたが、逃げ道はなかった。武器を構えた者達がマベに向けてじりじりと詰め寄る。
「なあ、やっぱりおかしいって!!ここは地下だろ!?こいつが入ってきてからずっと…」
またさっきの男が声を上げた。しきりに脂汗をかいているが、頬を撫でる風ですぐに乾き、皮膚に痕が残っていった。
「うるさいなあ、何がおかしいのか言えよ!!」
誰かがヒステリックに叫んだ。
バリン!!とガラスの割れる音。
部屋中の男達がびくっと身を震わせた。マベがシャンパンの瓶を床に叩きつけて割ったのだ。かなりの力だったのだろう、粉々になったガラスの粉が薄暗い部屋の中で巻き上がり、キラキラ光って見えた。
「答え合わせしてやろうか?その違和感ってやつを」
瓶を握っていた手から血が溢れ、手のひらから指先を伝っていく。しかしマベは頓着しない。
「“地下でこんな風が吹くわけがねえ”。―――そうだろ!?」
マベが叫んだ刹那、室内をまるごと呑み込むような凄まじい威力の暴風が発生した。荒れ狂う旋風で豪華な調度品が宙を飛び交う中、的確にコントロールされた風が瓶の破片を矢のように飛ばし、逃げ惑う男達の首を掻っ切り、目の奥の内臓を損傷させ、全身を切り裂いた。阿鼻叫喚の中、一人、また一人と鮮血を撒き散らしながら倒れていく。
全員が倒れ伏すとマベは部屋の真ん中に立ち、指先まで伝った鮮血を舌で拭い取った。不愉快そうに、それを足元に転がった死体に吐き捨てる。
「これくらいで済んで有り難いと思いな、クソども」