番外.夢見るテーラー

「最近……たまにおかしな夢を見るんです」

普段マイペースすぎるほどマイペースなホフマンが珍しく頭を抱えているのを見て、ミラが心配半分、警戒心半分で声をかけたのが事の発端だった。

「へえ。どんな?」
「ゲラルト様に執拗に迫り、その……恋人同士がするような行為を求めるような夢を何度も見るんです」
「現実にもほぼそれと同じようなことしてない?」

確かにこれまで幾度となく無意味に身体を撫で回してきたが、ホフマンが今話をしているのはそう言った類の話ではない。ミラはホフマンの言う夢というのが朧気に覚えているカナリアの記憶だとわかっていながら、現実にやっていることについて言わずにはいられなかった。現実の方を問題視していないことも十分に問題だからだ。
店のカウンターの中にいるホフマンと、その向かいに座っているミラが、ふとゲラルトの方へ視線を向ける。その人が明らかに嫌そうな顔をしているのを確認したあと、二人とも何とも言わぬまま、元のように向き合う。
色んな意味で迷惑をかけられている本人は、二人のその無意味な視線に多少苛立ちはしたものの、ひとまずホフマンの今の悩みに関してのみに返事をすることにした。

「それは、多分お前のせいではない。」
「私、何かおかしいんでしょうか?」
「元からおかしいし、それくらい些細なことでしょ」

おかしいかと問われれば、確実にそうだと思いながら口に出さなかったゲラルトを他所に、ミラは思ったことを思った通りに言葉にした。それに対して批判的な視線を送るも、ミラは見向きもしない。

「お前がそうしたいと思っているわけではないのだから、おかしくはないだろう。夢はただの夢だ。気にするな。」
「ゲラルト様は出会った頃よりお優しくなられましたね。まあ、全くそういう願望がないかと言われると、ないと断言はしかねますが」
「そこは否定してよ……、ややこしいことになるじゃん」

何で?と言わんばかりにホフマンがかくりと首を傾げた。
何で?じゃないだろう、と言わんばかりにミラが目を細めた。

「いえ、誤解しないでいただきたいのですが……私の考えているのはこう、おふたりの全身を撫で回したいとか、そのレベルですよ」
「え、私?私は撫でても大したことないから。ほら、隊長が嬉しそうにしてるから撫で回してあげなよ」
「お前……よくそんな適当な言葉が淀みなく出てくるものだな……」

ミラは心底うんざりしたような顔をして見せた。自らが発した言葉の無責任さをまるごと無視して、まるで自分が被害者かのように急にしおらしく片方の頬に手を当ててみせる。

「一応私も女なんだよ?体張って守ってくんないと」
「ミラを傷つける人がいるなら、私が守って差し上げますよ。」
「いや加害者」

残念なことに、ホフマンは都合の悪いことを言われると何も聞こえないようになっている。それがこの状態になってからなのか、元からなのかは知る由もなかった。
ホフマンはまた不安げな表情で、男性にしては華奢な手を拡げ、それをじっと見たあとに続けた。

「しかしあまりにリアルな夢で、こう、起きた時に体にその感覚が残っていることがあって……」
「それは気のせいじゃないかな?」
「それは気のせいだろうな。」

ホフマンが言い終わるか終わらないかのところで、ミラとゲラルトがほぼ同じことを全く同じタイミングで被せた。思いがけず同じことを言ってしまった二人は顔を見合せ苦笑いをして、その間にホフマンが広げた手をぎゅっと握りしめて僅かに目を細めたことには気づかなかった。

「おや、珍しくお二人の意見が合いましたね。もしかして何か誤魔化そうとしていませんか?」
「(なんでこういう時だけ鋭いんだろ……)」
「逆に、その感覚が気のせいじゃなかったとしたらどうするんだ?」

ホフマンははたと瞬きすらやめてゲラルトの顔を見つめる。握った手の人差し指で唇のあたりを触りながら、しばらく考えて、そして眉を八の字にして答えた。

「それは恐ろしいことですね……。」
「なら気のせいでいいだろう」
「そうですね。でも万が一、私がなにかおかしなことをしていたら、その時は全力で止めてくださいね」
「いつも全力で止めているんだが……」
「ね……」

暴走したホフマンがたまに発揮するとてつもない力について、いまだにミラもゲラルトも明確な答えは持っていない。しかし、今の二人は以前よりその答えに近づいている。恐らくそれは、彼に取り憑く人ならざる者の影響を受けているに違いなかった。

「おや、今日はお二人の気が合うようですね。さあ、紅茶ができた頃合いです。少し休憩としましょうか。」

少し前まで悩んでいたのと同じ人物とは思えないほど晴れやかな顔で、ホフマンがティーポットを差し出した。目の前の二人のやりとりを見ていると、元々抱えていた悩み事などほんの些細なことに思えたのかもしれない。
彼はまだ、夢ではなく現実の自身が抱える違和感に気付いてはいないのだから。