王都から少し離れたそこは、特別これといった特徴もない平凡な街だった。
高い建物もなければ小洒落たカフェも華やかなショーウインドウもなく、少し古びた店舗を兼ねた工房が立ち並んでいる。
その通りに、コツリコツリと靴が地面を蹴るやや気取った足音が聞こえてくる。
その足音の主は、ボブより少し長い金髪をひとつに括った、男性とも女性ともつかない顔立ちをした人だった。鮮やかな翠の目で、通りに面した建物をまるで値踏みでもするかのようにじっくり眺めながら歩を進める度、左耳の長いピアスが揺れる。それだけがその人がミラだと知れる唯一のものだった。
白いタイの付いたブラウスに細身のジレとパンツを身につけ颯爽と歩くその姿は、この片田舎の街では少し目立ちすぎるらしく、すれ違う人も店の中の人も視線でチラリと追っている。
ミラはある地点で立ち止まった。
「ごめんね、待った?」
「ううん、今来たところ。」
ミラが目を細めて笑いかけるその先には、20代後半くらいの女性が立っている。彼女はその姿を見つけた途端に笑顔になり、軽く手を振った。
「王都暮らしが長いと、こんな街つまらないでしょ?」
「そんなことないよ。工房が随分と多いんだね。」
「この街は魔術式補装具で栄えた街だから」
女の機嫌を取るようにその目を見つめていたミラがまた、周りの建物の方へ視線を動かす。魔術で作り出された義肢などの補装具が並ぶのを、ミラは大した感動もなく眺めていた。ミラがこの街にやってきて田舎の年増女を連れて歩いているのは、これらの補装具に関して興味があったからだ。1人で知らない街を歩けば目立ってしまうのをカモフラージュするために適当な女を連れて歩いているという、ミラにとってはそれだけのことだったが、女はその心をまるで知らないような顔で隣を歩く美しいその横顔を見ては上機嫌に笑っている。それに何の意味も感じないミラは、街の人々がまたこちらを物珍しそうに見ていることにだけ、若干の居心地の悪さを感じていた。
小鳥信仰を生むきっかけとなった例のカミラという女もまた同じように、初めは魔術式義肢を作っていたのだと言う。その経歴を改めて隅々まで洗い出したところ行き着いたのが、この街だった。
きな臭いが確信は無い、そういう時に情報を集めるのがミラの仕事だった。ここの存在をそれとなくビジネスパートナーである”彼”だけに告げてここにやってきたが、ミラの能力を使えばそれらしい情報は午後の早いうちには回収でき、この日中には王都に戻れるという算段でいる。
「魔術式補装具か。義眼とか無いのかな、ちゃんと見えるやつ。」
「目は魔術師にとって重要な媒体のひとつだから、難しいの。」
「ところで、どこに向かってんの?」
女が急に振り返って、ぎこちない笑顔を向けた。
「え?だってほら、貴方に抱いて欲しいから。そういう場所よ。」
「……ヘッタクソな誘い方だなぁ?」
ミラが少し首を傾げて、全て見透かしたような様子でその大きな翠の目を細めた。女がその言葉に何も返せずにそのまま立ち尽くしているのを見たミラは、腕を組みながら片足のつま先でトントンと地面を打ち、来た道と続く道の位置関係をその目でなぞった。
「目的を明かしな。」
「そんな風に逃げ道さがしたって意味ないよ。」
女の言葉にミラが風景の一部となっていた人々の表情へ視線を移すと、街の人達が全員足を止めてこっちを見ていた。ミラは初めてはっと表情を変えた。
やはり気のせいではなかった。この街を歩いていると、皆が異様なまでにこちらを気にしているのだ。
「街全体があの御方を信仰してるの。貴方はその生まれ変わりかもしれないって。」
「はー、そうかい。悪いけどさ、誰かの代わりなんざ関係ねぇんだよ。」
ミラが悪態をついたその時には、それまでただそこに居た無意味な人間たちがミラの両手を後ろに押さえつけていた。
それに対抗する程度の力は持っているものの、あまりにも相手の人数が多いことを悟ったミラは、少しの抵抗もせずにそれを受け入れていた。何せ、街中の全ての人間が自分を捕まえてやろうと、ギラついた目で見ているのだから。
「あークソ、こんな風に攫われるなんて初めてだ。私も随分、高く見積もってもらえるようになったねぇ。」
「助けを求めようったって無駄だから。この街の全員が貴方の血を欲してる。悪いようにはしないから、ここで私たちと一緒に幸せに暮らしましょうね。」
「やなこった。私は田舎暮らしは性にあわないんだよ。こんなクソみたいな街――」
舌を出して挑発すると、その手を抑えていた1人が乱暴にミラの髪を引っ張った。
地面にミラのピアスと血痕が落ちた小さな音がした。